odasis-tudio

サウンドクリエイターに転身した京都大学卒の元人事マンが雑多なノウハウを晒すブログ。 「おだしすたぢお」

DTMer向け

日本語らしい歌詞を書くためには?「察する」文化への考察。

2017/08/23

最近のJ-popはレベルが低いと言われれば確かにその通りかもしれない。

そういう議論のたびに、「日本人らしいレベルの高さ」ってなんだろうなと考えたりする。

 

スポンサーリンク

 

察する文化

日本の文化は察する文化です。そしてそれは隠す文化でもあります。

 

トイレの張り紙↓

いつもきれいに使って頂きありがとうございます。

 

英語なら

Keep clean

 

伝える側は「ありがとうございます。」という表現で「きれいに使ってほしい」という直接的は要望を隠し、読み手はその要望を察することでコミュニケーションが成立する。

なんともまどろこっしい。

 

「高文脈社会」日本において、日本人はそんな遠回りなコミュニケーションを昔から無意識に繰り返しているのです。

でも、音楽においてはこの文化を上手に使うことが日本らしい表現への近道だとodasisは考えています。

 

対象を特定させない

文化は言語に規定されます。逆も言えます。

 

隠す・察する文化を上手に利用し、対象を特定させない詩を書くと日本語的ですね。

日本人は無意識にその行間を汲み取ろうとしますから。他人の顔色を伺うのと一緒。

 

2丁目のコロッケを売る前髪を分けたメガネのあなたが私の初恋の相手でした。

確かに好きなんでしょう。わかります。

 

でも聴き手が自分の状況に置き換えた時に身近にコロッケを売る人がいなければそこで共感が止まる。

対象が具体的過ぎるので受け側に察する余地がない

 

好きだよと言えずに初恋は ふりこ細工の心(初恋/村下孝蔵より)

美しい日本語だと思いませんか?

 

一見すると意味不明なんですが、作者は確実にここに何かを込めたわけで。

そこから何を感じるかは聴き手の「察し」に委ねているのです。日本的なコミュニケーション。

 

まとめ

好みの問題と言ってしまえばそうかもしれませんね。

でも、歌詞の一言一句が綺麗に聞き取れて、一回聴いただけでそのシチュエーションが具体的に想像できてしまうのってなんか寂しいなって。

 

2016/9/5 odasis

Twitterでフォロー

質問

質問はこちらから!

-DTMer向け