音楽家が心得るべきDAWとの接し方。「いつでも戻れる」の危険性についての考察。
2017/08/26
DAW以前の音楽制作は今から考えると信じられないくらい面倒なプロセスで行われていました。
録ってはテープに書き込み、エフェクトを通してはテープに書き込み、ステムミックスを作ってはテープに書き込み…
odasis自身もそんな場面に遭遇したことはないんですけどね。
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DAWの登場がもたらしたもの
その1つに「可逆性」が挙げられる思います。
たとえばギターに挿したエフェクトがおかしいとき、DAW上ならそれぞれのエフェクトの内部を確認し、どこに問題があるか簡単に確認できます。
もしもこれがテープに書き込んだあとのトラックだったら?
ひと昔前の不可逆な楽曲制作では既に他の音声やエフェクトと併せてテープに書き込まれてしまった楽器の音をあとから変更することは容易ではありません。
しかしコンピュータのその驚くべき記憶力によって、制作のどのタイミングにおいても録音時点の原音に遡ることができるようになりました。
これこそがDAWの最強・最凶の特徴です。
良いことばかりではない
DAWの機能はそれだけ見ればメリットしかありません。
しかし、DAWを扱う人間の心理面まで考えれば必ずしもメリットばかりではないと思うのです。
火事場の馬鹿力
もう後がない…
そんな緊張感が功を奏する場面、皆様にも経験はあるのではないでしょうか。
ロスタイムでの逆転劇もそう、トーナメント戦に強くてリーグ戦に弱いチームもそう。
「ここで失敗したら全てがムダになる!」という精神衛生にとって必ずしも良くないこのような心理状況も、人間のパフォーマンスに結果として良い影響を与えることは少なくないのです。
音楽制作における火事場
従来の制作の現場では、録音・編集のその全てが全身全霊をかけるべき「正念場」でした。
テープに起こす中で「もう戻れない」という決断の場面が頻繁にあるわけですから当然とも言えます。
しかしその緊張感が音楽的に功を奏す場面も多々あったはずなのです。
しかしコンピュータが制作の現場にどっしり構える昨今。
いつでも、過去の編集プロセスに瞬時にタイムワープできる恵まれた環境の中で、我々は音楽的で重要な判断を後に回してしまいます。
そして「いつでも戻れる」という安心感を得ることを目的化し、もっと早く決断していれば出てきたかもしれないより良い想像力や、パフォーマンスを、気付かぬうちにフイにしてしまっているかもしれないのです。
真に守るべきものとは?
DAW上で無意識に行っている処理も、ともすれば可逆性への「安心感」を確保しているに過ぎないかもしれません。
油断すればDAWの中で完結させることを目的化させてしまう危険性は大いにあるといえます。
音楽的な決定を後回しにしてしまっているかもしれない自覚のもと、「安心感への欲求」をコントロールすることすら現代の音楽制作では求められているのかもしれないと、1人のミュージシャンの端くれとして身が引き締まるところであります。
2016/9/29 odasis