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サウンドクリエイターに転身した京都大学卒の元人事マンが雑多なノウハウを晒すブログ。 「おだしすたぢお」

キャリア・仕事

サウンドクリエイターになるまでの半生を振り返る。【⑥社会人1年目】

odasisは現在サウンドクリエイターとして、遊技機のサウンド開発の仕事をしています。

雇われの身ですが好きなことが仕事になっています。

それなりの紆余曲折があったので、ここに至るまでの経緯を改めて振り返ってみようと思う。受験生・就活生・音楽関係の仕事に就きたい方など、少しでも参考になることを祈ろう。

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目次

①中学受験から高校まで
②大学受験まで
③大学入学〜サークル活動
④就職活動
⑤大学卒業〜入社式
⑥社会人1年目
⑦社会人2〜3年目
⑧転職活動
⑨退職〜新天地へ

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3ヶ月間の研修

入社式ののち、3ヶ月間の集合研修が始まります。

内定者全員が集合するのは入社式まで。ここからは勤務する場所毎に分かれての研修になります。

人数も減り、知り合いもできたことで少しずつ慣れてきたodasisは、自分らしさを取り戻すべく同期の中で個性を発揮するように努めました。

手を抜けるところは徹底的に抜きましたが、個性が発揮できそうな機会だけは手を抜きませんでした。些細な発表会であったり書き物の課題であったり。

 

個性こそ付加価値であると信じていたのです。

 

幸い同期にもそんな自分を煙たがる人はおらず(いたかもしれない)、周囲との関係も良好でした。

「おれはこれでいいんだ。」と思っていたのです。

 

配属面談

配属先の決定は3ヶ月間の研修の最後。その前には配属面談があり、希望調査の紙を書きます。

先輩社員の話を聞く限り、どの仕事も面白そうではあったので、面談の時期には自分の中で

配属先は(積極的に)どこでも良い

という結論に達していました。

 

希望調査の紙は最小限の記載に止めました。長いと読む側がしんどいであろうという厚かましい配慮です。

 

結果、それなりに緊張して臨んだ配属面談にて

熱意が感じられない

との叱責を頂くことになります。

 

そりゃそうだ。配属先はどこでもいいと言いながら、自らの思いの丈をぶつけるべき希望調査票を穴ボコで出したのですから。

 

自分の阿呆さにはつくづく呆れましたが、同時に少しの違和感も感じました。

発揮したはずの個性が評価されている気配がないこと、そして書いた量を評価する文化が見え隠れしたことです。

 

人事に配属

配属先は人事でした。

当初は「人事」という響きに些か高揚したodasisでしたが、社会人1年目は記憶が飛ぶくらい辛かった。毎日辞めたいと思っていました。

 

パワハラを受けたわけではありません。苦手な方もいましたが、そんなものはどんな組織でも一定数存在します。それに労働時間が特に長かったわけでもない。

 

ただ、自分では自然に振舞っているつもりなのに、周囲とコミュニケーションが取れている気がしなかったのです。

 

人事にはあらゆる情報が集まります。年次が上だろうが下だろうが、その発言は否応なく威力を持ってしまう

言葉尻を操って波風立てずに立ち回るスキルだって必要になる。

 

そんな繊細な組織の中に個性だの自由だのを振りかざした若造が入ってくるわけですから、多少の拒絶反応も仕方がない。歩み寄るべきは後から入ってきたodasisであるはずです。

しかし当時すでに22歳のodasis。それくらいさすがに頭では分かっていましたが、どうしても辛いという感情の方が強かった

 

理解はできるが共感はできない

そんな毎日…

 

音楽は相変わらず好きでしたが、仲間ありきのバンド活動を卒業後にも継続するのは難しかった。愛すべき音楽さえ満足に楽しむことができていない状況も当時の自分の大きなストレスになりました。

要は何一つうまくいっていなかったのです。

 

駅からの帰り道を泣きながら歩いたのも覚えています。知り合いに電話で慰めてもらったりしていました。辛かったし周りにも迷惑をかけたなぁ。

 

できる人はなんでもできる

口を開けば愚痴をこぼす毎日。周囲にも

面白くないです…辞めたいです…

と漏らしていましたが、そんなある日、職場の先輩から痛烈な一言が飛んできました。

仕事以外で熱中できることを持ち、目鼻の利く女性の先輩からでした。

 

できる人はなぁ!やったらなんでもできるんや!

音楽がどんだけ好きか知らんけど、この会社でサラリーマンもちゃんとできへんのに音楽なんかできるわけないやろ!

 

目が覚めました。致命傷になりかねない強烈な一撃でしたが、不思議なことに涙は出ませんでした

 

「天は二物を与えない」とはよく言ったもので、二物も三物も与えられているように見える人でも、実は根底にある一物がそれを支えていたりするものです。

それは勘であったり、地頭の良さであったり、忍耐であったり。

 

できる人はなんでもできる

 

真理だと思いました。

 

目が覚めたodasisはインナーワールドに自分探しの旅を決行し、すぐに「継続力」と「音楽への愛」を発見しました。

「継続力」は自身を大学受験成功に導き、「音楽への愛」は人生に潤いを与えてくれたもの。

このささやかな「自分にあるもの」を「なんでもできる」に拡張しなければならない。途方もないように見えましたが、少しワクワクしました。

 

そしてまずは愛する音楽から自分を立て直すことを目指し、具体的に何をすべきか考え始めたのです。

考えたodasisは、想定されるいくつかの未来に汎用できそうなタスクを自分に課しました。

  • 金を貯める
  • 音楽制作のスキルを付ける
  • 発信する

この3つです。いまの会社生活を楽しめるようになるのか、あるいは別の方向を目指すのか、当時は全く先が読めませんでした

だからこそ先のことは考えず、音楽をどうしてもやりたいとなったときに絶対に必要になるものから取り組み始めました。

 

DTMは当時少しかじる程度でしたが、もしもそれが仕事になる未来が来るのであれば間違いなく必須スキルになるということは容易に理解できました。

しかし音楽制作のスキルと発信スキルを同時に得るための方法はすぐには思いつかなかった。作曲もろくにしたことが無いし、カバー演奏を音源だけアップロードしても誰も聴いてくれません。

 

悩み抜いた末に出したひとつの答えがカバー曲の演奏動画でした。

 

初めて作った動画↓

 

再生数はろくに伸びませんでしたが、「スキルを付ける」という抽象度の高い目標は、「動画を作る」という分かりやすいタスクに収束し、それは自分の性格にもマッチしました。

そこから時間を忘れて動画を作り始めたのです。

 

会社への愚痴が幾分減り、辞めたいと不用意に言わなくなったのも、動画制作が自分の中で軌道に乗り始めた頃でした。

 

2017/5/16 odasis

 

続く。

目次

①中学受験から高校まで
②大学受験まで
③大学入学〜サークル活動
④就職活動
⑤大学卒業〜入社式
⑥社会人1年目
⑦社会人2〜3年目
⑧転職活動
⑨退職〜新天地へ

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